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最近の記事


たかが花されど花
昨日は母の誕生日で、慌ててお花屋さん探し。
25日だ、火曜日だー! という意識は、しっかりあった。確かにあった。
なのに、なぜか欠けていた…..前以て注文しておくという手があるのを。
こんな単純なことを、実はわたし記憶に留めてなかった。
日曜日明けの24日早朝から、ネット検索で、「あす楽便~! 」 をキーワードにして
やっと、好みに合いそうなアレンジメントを見っけ !
「うわっ~! 助かった」 と、そそくさと..注文画面に行き、ポンポンと進み….
あとは最後の決済ボタンを押せば終了 ! って所で、「ポンッ! 」 と押したら
何故よぉ~ ? …….画面が消えた。
( ウワッ! ありえない…..こんなの。もう朝10時近いよ、ヤバイーー眠い~ー)
また ① から遣り直しだと、トップに行ったら….あららぁーー?_?
「あす楽便」 って、ココのショップは、明日発送可能ってことだった。
(それじゃマズイのよぉ~ー。明日着いてくれないと…涙ポロッ)
慌ててたのかな ? やっぱり。見落としていた。
結局は、決済画面が消えてくれて良かったんだけど、
いったい誰が消したんだーー?
(初めてよぉーーこんなの。素朴な疑問だけポチッと..)
またまたの今度は、ショップ探しから ! で、ホントの振り出しに涙より冷汗。
母の好みは、温かみのある紫色系の花だから、ホンットに難しい。
( 普通に真紅のバラとか、ピンク系の優しい花ならイイんだけど..)
なんてったって紫系。。。
とは言え、まさか、誕生日にりんどうは、ちとヘンだし、淋しいし。
リンドウの美しい季節だけど、私の中によぎる花言葉…..
…..悲しんでいる時のあなたが好き……これは、ちょっと。(汗)
体調を慮ってホームにいる母に、いくら何でも….変の上に 大変がつきそぅ。
誕生日は年に一度のコトだし、本人は来年はナイかもなんて言ってるし。
私はネットに張り付き、明日着便のセンスよさそな花屋さん探しに過熱モード。
ひたすら、花~ー!..気品ありそな生花のアレンジメントを求めて、
さすらうこと 60分ほど更新して、「あらっ! 素敵♪ 」 を見っけ~ーった! ?
はずだったのが、ショボッとした目で、写真下の文言を追えば (*o * ;
” 天国へ逝ったお母様、安らかに眠ってください。思い出を大切にします ”
と、メッセージカードが添えられます。
…( -_- ;…と書いてあった。
カサブランカと紫系花グラデーションで、何でそうなるの ? マジに驚いた。
お蔭で目が覚めたけど。そして….
お花たちはとっても素敵だけど、このフレーズで、萎えた。
お供え花を、私は見たらしい。
供養花って言えばぁ、普通は白と黄の菊でしょ ! ? と騒ぎたいよな衝動の中、
あっ? と気付いた。仏教だけだっけ ! 菊の花は。。
せっせとクリックし..やっとぉ~ー見つけた !
真ん中に紫系のお花があって 周囲にはカサブランカやバラが綺麗だわ♪
決めた !
ゴージャスな雰囲気もいいわぁ~ー♪とニンマリして決済画面へ。
今度は、ちゃんと(?) 無事にできた。(それが当然なんだけど)
もちろん誕生日の午前中着OK~! のお店。
お祝い事は、年をいくほどに縁起担いで..お昼前じゃなきゃ。
メッセージカードには、「母へ、お誕生日おめでとう」 だけ。
ホッとした途端に、またも睡魔の襲来に遭って…..味気なさにも気付かず
後からメールして、追加文をいれたケド。
「来年のお誕生日は、どんなお花がいいかしら? お楽しみにー♪」
来年の誕生日は来ないと言ってた母のひとことを思い出し、
またものウッカリだったかも。” 母の日 ” ってのがあったんだわ。
今年の7月末の危篤事件から、モノの考え方が私もすっかり変わった。
今回は祈祷やら..密教神仏の力で救われたけど、だけど…
生者必滅会者定離の言葉通り、この世に生まれたら、満遍なく平等に、
必ず訪れるものが、” 死 ” と呼ぶ この世を去る日が必至って事だ。
こんなに当たり前すぎることを、平和な日々の中で忘却している。
そしてソノ日のことを、寿の命と書いて、寿命と人は呼ぶ。
寿と書いて、遺された人々は悲嘆にくれる….愛があれば誰しもが陥る感情だが。
「惜しまれながら逝きたい」 と、よく人は言う。それには適っているのかも。
私は思う。永遠の命を望む人はいないと思うけど、
遺される側にとって 後悔ほど残酷な感情はないから、懸命に
遣れることから、遣れるだけ、精いっぱい遣ってみる。
別段、親に可愛がられた記憶がなくても、仮に厳しい幼少期だったとしても。
幼い頃から霊能の力をオモチャのように操っていた私への戒めだったのかと
最近になって、そんなふうにも思えるようになった。
「責任持てるなら、何してもかまわない。責任感が大切 ! 忘れてはダメ ! 」
と、2人の弟には 只の1度も言わない言葉を、幼稚園の頃に 長女という理由で、
何度 説かれ聞かされたことか…。お蔭で 後に、私の口癖になった。
母も持ってた力だからこそだったと、今なら、ようやく解かる。
父が脳溢血で倒れたとき、
入院もせず自宅療養だけで 3ヶ月経過し奇跡的に完治した。
あの時は、誰の(?)..何の(?)…力が働いたのだろうと、今になり時折考える。
当時9歳だった私の記憶にある映像は、泣いてる母の姿で…私はと云えば、
父の傍に寄り添い…あの時も往診の医師の話には耳をふさいで・・お蔭さんで、
中耳炎になってしまった。
複数の医師の警告を裏切るように、父は後遺症も何もなく、健康を取り戻した。
昔は脳溢血は動かさないほうがいいという医療方針で、ヤバイ病気だった。
父と母、どちらも医学から見放される病いを経験しながら、
世間や医療従事者が 「奇跡~ ! 」 と名づける回復振りを見せてくれている。
私は、死 という単語の前に、すべなし ! と、ひれ伏す想いで、
いつか訪れる日への覚悟を、着々とつけているような….そんな気もする。
飽くまでも、遺される者として ! ・・・だけど。
そして、いつか必ず…..
この私にも、平等に訪れるソノ日 !
何故にも私自身には、ソノ日が待ち遠しいのだけど。必死になって頑張れるのは、
いかなる苦渋にもピリオドは必然で打たれる日が来る事を、知っているからーー♪
こういうのを世間では、” ものは考えようで…” と言うのかもしれない。
2011/10/26